夢子になる前のわたし(回顧録1)

今思い返せば夢子になる前は私至上一番の激動だったな~ 10年程前の事 父が入院していて母が一人で病院通い しかも母は車の免許も返上していて移動手段はタクシーのみ 日用品や食料にも事欠く有様(タクシーで行くようにいっても勿体ない精神が働いてヨカヨカと言うばかり) その時の私は仕事をしていて連休があるのは月に2回程 その時は仕事が終わり次第 車で高速を2時間半程走り母のもとへ そんな生活が2年程続いたかな 父を看取り四十九日を過ぎた頃に私が白血病に しかも珍しい混合型急性白血病 そのまま即入院 まさかまさかの出来事 最初は左膝下が浮腫み整形外科に2週間程通ったけれど変化なし 先生から血液検査をしておいでと言われ少し大きい病院へ すると何やら血液の中に変なのがウヨウヨいるので更に大きい病院へ紹介状と検査結果を持って行ってと そこでもしかして白血病?という思いがあったけどまさかね~ という気持ち でもでも行ってみたら即入院 私先生にゴネタよね~ ”私明日仕事なんですけど” とか ”パジャマがない” とか ”車で来てる” とか 色々思いつく事を言ってみたけど駄目だった(笑)病室の準備を待つ間処置室に寝かせられたんだけど 現実逃避しなきゃ泣き出す そう思い 持っていた文庫本を読んでたら看護師さんにびっくりされたね ”こんな人はじめて~” だって 私だって必死なのさ はじめて~の経験なんだからさ 後は家族や職場に電話したり頭の中は超忙しかったよ でもさ私もびっくりしたけど私よりも強烈にびっくりしたのは家族だったと思う 逆の立場だったら私は泣き崩れていたと思う 心の底から私でよかった!!と思ったね そこからはもう観念するしかない まな板の上の鯉 私を生かすも殺すも先生次第 よろしく!!ってあきらめた それが良かった 無駄な事考えずにすんだ それとその時私はスマホではなくガラケー それも幸いしたよ 病気の事全く調べれなかった 調べてたら怖くて怖くて精神的に参っていたかも 今思えば 何もかも守られていたんだよね お陰で 何で自分が? とか 治るの? とか ひょっとして? とか 一回も思わずにすんだ 思いそうになる時は母をどうしよう?連れてこなきゃ とか いきなり白血病とは言えないよな とか 髪の毛抜けたの見せれないから帽子が必須やん とか 母に逃げてた 買い物にも行けない母がいてくれてすっごく感謝した 今何か病気やケガで辛い思いをされてる方がいらっしゃれば 向き合わない 辛い気持ちから逃げるよ という選択もやってみて 考えてもどうにもならないんだったら 無理やりにでも考えない方が楽だよ そうやって治療を受け入れて なされるがまま進んでみてね 今回はここまで また今度治療中の事を思い出してみるね ちなみに病院での治療期間は半年だったよ またね~   

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